≪23〜25歳 ”激動”≫
2002.元旦 HMR恒例、新春ファミレス会議にて。
マナブ 「実は俺、明日と明後日が休みになったっちゃん。」
全員 「え!? ウソっ!! マナブが連休? マジで!?」
斎藤 「そんなの初めて聞いたわ☆(乙女)」
マナブ 「正月だから連休もらえたんだよ・・・俺が連休取っちゃ悪いのか?(苦笑)」
PON 「いや、そんな事は無いけど、マナブと連休っていう言葉に違和感が・・・(苦笑)」
マナブ 「確かに、正直言って俺も驚いてる。」
ファル 「これはミラクルじゃぁっ!!みんな、胴上げだ!!」
全員 「おー!!」
というわけで、即座に会計を済ませた一同、
「こんな奇跡は、もう起こらないかもしれんぞぉ! わっしょい!」
「ほんとに良かったね!マナブ!わっしょい!わっしょい!」
と、午前2時のファミレス前にて、マナブの体を10回ほど宙に舞わせたのだった。
2002.3月初旬 ハイサイゴーヤ茶!の巻。
2002.3月 ファルが大阪に移住。
メイン集合場所が斎藤家となる。
2002.5月31日 HMR史上初の、マナブ誕生日パーティー(通称:マナ誕)を、崎岡第2公園にて開催。
各々が、
のだが、時間が23時を過ぎた頃、警察から職質を受け、そのまま解散を命じられた。
当然というかなんというか、アンラッキーなオチである。
2002.秋頃 大阪のファルネーゼ木枯、高校生の頃の膝のケガが再発。
肉体労働をしていたため退職を余儀なくされ、不本意にも長崎に帰還。
2002.正月 ファルネーゼ木枯、ちょっとした用事があって、マイカーで単身広島へ。
その帰りは不幸にも九州地方では珍しい大雪で、スリリングなドライブとなる。
そんな中、北九州付近で電光掲示板の 『ユキ注意』 という表示を見てしまい、
事故死への恐怖よりも切なさが心を埋め尽くし、涙を一つこぼした。(ヒント:名前)
無事に帰還したファルからそれを聞いた我々が、大笑いしたのは言うまでも無い。
2003.春頃 ファルネーゼ木枯、なんか色々あって、今度は広島に移住。
2003.5月 この頃、毎週土曜日に私とマナブと斎藤家に集まり、ウイニングイレブンに燃える。
毎週のようにマナブと遊ぶという事は珍しかった為、
いつしかこの集まりを『マナパーティー』と呼ぶようになる。(通称:マナパ)
2003.5月31日 そのマナパ流れで31日にまたもやマナ誕が行われる。
私達から、100均で購入したマスカラと印鑑、そしてぼんやり光る物体をプレゼントされ、
「じゃ、それ使ってマナブが喜んでいる写メを撮ろう!」
ということで、ぼんやり光る頭になったマナブが、
印鑑を16連打している写メをゲットして盛り上がったのであった。
2004.7月 母からの手紙。の巻。
2004.12月12日 小学生時代からの友人、テツロウがついにめでたく結婚。
余興ということで、式に呼ばれた私と福田と斎藤とマナブで、
『福田のマジックショー』を公演。
幼稚園くらいの子供達が、マナブを見て大笑いしてたのが良い思い出である。
≪追記≫
この日、私と斎藤は坊主頭になった。
ちなみに、福田のマジックショーはDVD化されている。
2004.12月 初めましてっ!の巻。