≪18〜20歳 ”夢と希望とHMR”≫
1998.2月下旬 トリップトリオ!の巻。
1998.3月初旬 長崎食いだおれ紀行!の巻。
1998.3.22 PON@牙突・大蔵省デビュ−!の巻。
1998.4月初旬 大学進学の為に、福田&ダイシが引越し。
二人が抜け、HMRは今後どうなるのか? がHMR会議にて討論された。
しかし、ダイシは長野だが、福田は県内の長崎市(でも往復4時間)だった為、
ダイシ以外HMR集合できる状態で、HMR活動に対して支障は全く出なかった。
1998.4.12 私と福田とファルで、あきこのちゃんぽんに飯を食いにいく事になった。
福田は、「今日は自分で払うから。ハハハ。」 と空笑いしながら言っていた。
ファルは、「サイフは持ってない!」 と言い張り、
「じゃあ来るな」 との私の声を断固拒否した。
結局ファルに、店で一番高い焼肉定食をおごらされ、やはりというかなんというか、
会計の時にさりげなく逃げようとした福田を殴り千円札を奪い、この日は幕を閉じた。
1998.4.22 バイトが終わってゆっくりしようとしていた私に、斎藤からのTEL。
斎藤 「今すぐ迎えに来てぇっ!おなかがいたーい!!今、住民センター!!
迎えに来てぇっ!!タクシーでぇっ!!」
斎藤の勢いに押された私は、「なんで?」と、笑いながら聞いた。
斎藤 「住民票取り来たっちゃけど、疲れた。はよ来てぇっ!!お腹いたーい!!」
それを聞いて事情を呑み込んだ私は、何も言わずに電話を切断。
とりあえず、何も聞かなかった事にして、寝た。
1998.5.18 Z戦士は長崎にいた!の巻。
1998.7.24 PON@牙突・裏切りの誕生日!の巻。
1998.7月 トペ・コンヒーロ!の巻。
1998.8月某日 キバヤシさんが来るっ!の巻。
1998.8月 予備校に通っていたため、滅多に会えなかったハンマーを加え、HMR集合。
その時ハンマーが、「予備校で友達が出来ない。」と口をこぼしたのをきっかけに、
ファルが進行役で、第1回人格啓発セミナーなるものを緊急開催。
これは、我々が
それにより、彼の本当の明るい性格を引き出す事を目的としたものである。
我々は、公園のベンチに彼を正座させ、全員で周りを囲み、2時間ほど相談にのった。
最初は、「いや、もういいから。立たせてくれ。」と、不真面目に聞いていたハンマーも、
ファルの度重なる
「ありがとうございます、頑張ります。」との彼の前向きな言葉を引き出す事に成功。
それを聞いた我々は、やっと安心し、うわ言の様に礼を言うハンマーを立たせ、解放した。
すぐさま
1998.9.4 斎藤の誕生日だったので、お祝いのTELをする事に。
「もしもし〜、PONですけど〜、お誕生日おめでとうございます♪(ニコニコ)」
「ああ、どうも。じゃあね。(ぶっきらぼう@寝起き)」
「え!?」 プツッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ・・・ 〜お祝い電話終了〜
1998.クリスマス 私トナカイと、完全仮装の斎藤サンタが、友人宅を次々に襲撃。
いらない物をプレゼントと称し押しつけ、その友人から違うプレゼントを略奪、
そしてそれを持って次の友人宅を襲撃するという、いわゆるワラシベ長者的なことを決行。
「今から来るからな。待っとけやコラ!!」 とのサンタらしからぬ斎藤の電話と、
移動中、女子中学生に、「あ、サンタさんだ!」と言われたのが印象的な思い出である。
結局、私の手元には、トランプ入門の本だけが残った。
1999.正月 ファル家にて、HMR7名全員に広田っ子を数名加え、新年会が行なわれた。
「スペースアドリブオペラ 黄金の翼」 が、5年ぶりに公演され、
笑いと、あの日々を思い出す会話で盛り上がり、充実した会合となった。
ちなみに、見事な演技と表現力で、斎藤がこの日のHMR賞を総なめにした。
演じた役柄は、 「公園の噴水」 であった。
1999.1月 どっきり寝起き!の巻。
1999.4月 ハンマーが、1年の予備校生活を終え、無事に「関西学院大学」に合格。
その当時、HMR総帥であったハンマーは、兵庫県に移り住む事となった。
これを境に、都会の風に吹かれたハンマーがHMRを見下すようになり、
帰省しても、HMRイベントから逃走&雲隠れする傾向が目立ち始める。
1999.7.21 斎藤・もう1つの喜びを知るっ!の巻。
1999.8.16 HMR+広田っ子メンバーで、夜中にスーパーの駐車場で宴会。
マクドナルドのノボリを何個も破壊する者、酒の勢いに任せてTELで告白する者、
私の原付で暴走する者、焼酎に己の存在を見出そうとする者。シャア専用になっている者。
多種多様な人々の思惑が入り乱れた、熱い夏の夜だった・・・。
1999.8.24 トラウマ…そしてトランプ!の巻。
1999.12月 PON@牙突、HMR内にて初となる普通自動車運転免許を取得。
中途半端な一般隊員であった私が、光栄にも 『HMRのアシ』 に強制就任。
以後、良いように使われる事になった。